きみに宛てた手紙


詩人・長田 弘(おさだひろし)のエッセイ「すべてきみに宛てた手紙」の冒頭に、こんな言葉があります。

はじまりというのは、何かはじめること。そう考えるのがほんとうは順序なのかもしれません。 しかし、実際はちがうと思うのです。はじまりというのは、何かをはじめるということよりも、つねに何かをやめるということが、いつも何かのはじまりだと思えるからです。


資料室のこの一年ほどふりかえる。"やめたこと"、たくさんあります。試聴の利用点数の制限、やめました。試聴申込みカードに作曲家と曲名を書くこと、ずっと必要とされていたけど、やめました。CDに寄贈者の名前シールを貼るのをやめました。資料室のスタッフは、司書2名とアルバイトさん1名、これまででいちばん少ない人数ですが、よく考えてみて補充するのはやめました。

何かをやめてしまうというのは、時に、後ろ向きな考え、よくない印象や不安といった感情をその人自身や周りにもたらします。でも、そうわるくもないよ、と長田さんは言います。

不器用で、ギターもフルートも覚えるまえにあきらめ、それきり楽器をまなぶのをやめています。
好きだったのは山歩きで、とりわけ山々の尾根をたどって歩くのが好きだったけれども、身体を壊して、山に登るのをやめた


ひとの人生は、やめたこと、やめざるをなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことでできています。・・・煙草は二十五年喫みつづけて、やめた。結局、やめなかったことが、わたしの人生の仕事になりました。――読むこと。聴くこと。そして、書くこと。


物事のはじまりは、いつでも瓦礫のなかにあります。やめたこと、やめざるをえなかったこと、やめなければならなかったこと、わすれてしまったことの、そのあとに、それでもそこに、なおのこるもののなかに。



資料室もいま、いくつかの"瓦礫"の中に立って、これからの資料室のありよう、利用者とのつながりでほんとうに求められる"仕事"を見出そうとしている気がします。

春、何かを新しくはじめようとするこの季節に、静かに心に響くことばです。


みちしるべ

長田弘*詩集目録

『深呼吸の必要』(1984年・晶文社)

『世界は一冊の本』(1994年・晶文社)

『黙されたことば』(1997年・みすず書房)

『記憶のつくり方』(1998年・晶文社)

『一日の終わりの詩集』(2000年・みすず書房)


初出:「ハーモニー128号2004年」2004.4.10発行/copyright(c)2004.Junko
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